生身天満宮(いきみてんまんぐう)

道真生存中に建てられた全国最初にして最古の天満宮
「谷間の霧はさながら海に似て浪かとまがふ松風の音」
その昔、園部の地は菅原道真公の領地であり、小向山に邸殿があったそうです。この唄は寛平8年(896年)秋に道真公が詠んだ唄で、おそらく私市(さきいち:現小山西町)一帯に霧が立ち込めている様を唄ったものだと考えられています。社伝によると、延喜元年(907年)に道真が大宰府に左遷されたとき、道真公の御子八男であった慶能(よしのり)の養育を托された園部代官、式部源蔵は、小向山の邸宅内に道真の木造を刻んで生詞を建て、一日も早い帰洛を願ったといいます。これが生身天満宮のはじまりであり、このように道真が生存中に建てられたことから「生身(いきみ)」とされました。道真公の木像は御神体として今も伝わり、源蔵の子孫が代々宮司として仕えています。 全国には1万2千社の天満宮がありますが、生身天満宮が全国最初にして最古の天満宮だといわれています。以来、足利幕府においても手あつく保護され、社頭に立てた菅領細川高国らの禁制高札が2枚(京都府指定文化財)が現存しています。左の写真にある大鳥居前の大常夜灯(下の写真左)から本殿に続く見事な石段、時代劇などのロケでよく使用される場所です。

 

 

 

 

 

本殿(上の写真右)の左横には、神前脇の「使いの牛」(上の写真中央左)がいます。「使いの牛」は古くから頭をなでて知恵を授かり、病の場所をなでるとお蔭を戴くと伝えられています。牛の手前にあるのは千百年を記念して平成14年に行われた「千百年祭」のときの記念植樹です(上の写真中央右)

生身天満宮は、もともと小向山山麓の現在園部公園がある場所に建っていました(左の写真)が、承応2年(1653年)、小出吉親の園部城築城の際に、現在の天神山山麓に遷座され、以後350年の年月を経て現在に至ります。境内には杉の巨木(左の写真)がそびえ、桃山技法の蟇股など格調の高い本殿を始め、この辺ではまれな能舞台、春嶺作三十六歌仙のある拝殿や貴重な奉納額のある絵馬堂、承和12年(845)竹生島天女の像を迎え、十倉左江門建立による弁財天社、歌舞伎名作「菅原伝授手習鑑」で名高い源蔵の墓や社など、みるべき文化財が多数あります。

大鳥居をくぐってすぐ右手に広がっているのは全て梅の木です。梅の花が満開になる春は見事なものです。ここで収穫された梅は、あの「合格梅干し」にされます。全国の受験生に隠れた人気があるそうです。正月や節分の際には無料で配布しています。

道真公の邸宅が紅梅殿・白梅殿と呼ばれたように、幼い頃から梅をこよなく愛していまたといいます。 5歳の頃、庭に咲く紅梅を見てその花びらで自分の頬を飾りたいと詠って以来、梅の縁は深く、残された詩文の中にも梅花を詠ったものが多くみられます。

そして、道真公の梅との縁は、個人的な趣味という以上に、菅原氏の祖業にも深く関わっていたようです。梅は中国から奈良時代に伝来した外来種であり、中国文化教養を象徴する花だったからです。 天平年間、大伴旅人らが太宰府で梅花の宴を催し、梅を詠んだのは、当代における先端的な唐風の振る舞いでした。また、道真公には「飛梅伝説」というのがあります。これは道真公が太宰府へ西下の時、京の邸宅の紅梅殿の梅に 「東風吹かば にほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」 と歌を詠むとと、後にその梅が 太宰府へと飛んでいったという伝説です。

階段を少し登ったところの右手に貴重な奉納額のある絵馬堂があります。(下の写真左)天井を見上げると、額がずらりと並んでおり、どれもこれも見事なものばかりです。そして、最後の長い急な階段を登りきった右手は社務所、左手が生身天満宮の本殿です。

 

 

 

 

本殿の右手には能舞台があります。10月15日の秋祭の日にこの神輿が町内を巡行します。「みこしの会」の方々の奉仕によってみこしの渡御、奉賛会役員による古式豊かな行列が町内を練り歩き、大いに賑わいます。

 

 

 

 

祭神、菅原道真は、学問能筆の神として崇められ、学業成就、受験合格を願う参拝者が本殿回廊を廻り、祈願する姿が多く見られます。初祖である武部源蔵は歌舞伎・文楽の三大名作に数えられる「菅原伝授手習鑑」の登場人物として名高く、天満宮の回廊はその手習鑑の遺業の建物と伝えられいます。(下の写真)

 

 

 

 

<年中行事一覧> ※毎月25日は生身天満宮 月次祭(つきなみさい)菅原道真の縁日

・歳旦祭(さいたんさい): 1月1日
・勧学祭(かんがくさい): 1月25日
・節分祭(せつぶんさい): 2月3日または4日
・祈念祭(きねんさい): 2月17日
・学神祭(がくしんさい): 2月25日
・春祭(はるまつり): 5月1日(子どもみこし、稚児行列)
・大祓式(おおはらえしき): 6月30日
・弁天祭[夏祭](べんてんまつり): 7月または8月(旧6月14日)
・敬老祭(けいろうさい):敬老の日
・宵宮祭(よみやまつり) :10月15日
・秋葉愛宕神社 火災除頒布始祭:10月15日
・例祭[秋祭](れいさい): 10月16日(行列・みこし巡行)
・新嘗祭 (しんじょうさい):11月23日
・大祓式(おおはらえしき): 12月25日

 

<生身天満宮境内図>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<主な境内社紹介>

『厳島神社(弁天さん)』
承和12年(845)より、境内社として奉られるとされています。祭神は狭依姫命(さよりひめのみこと)。弁天さんは、水神、勝運、芸能の神として、また近年では女性の護神としてもご神徳多大な神様です。
毎年夏に行われる「弁天祭(夏祭)」では、参道沿いに、子どもや高齢者などさまざまな氏子が絵や文字を描いた和紙の行灯約500個が置かれ、日が暮れかかるころ、灯がともされると、境内は幻想的な雰囲気に包まれます。祭では大正琴や篠笛の演奏が奉納されたほか、参道沿いには夜店が並び、参拝者で賑わいます。
『皇大神宮』
西向きに安置されており、お参りすれば伊勢神宮を遠く拝む事になるといいます。
『源蔵社』
社家先祖である武部源蔵が祀られる社。25年ごとに大祭がとりおこなわれています。傍らに立つ武部源蔵の墓碑は、もともと小向山山麓の、現国際交流会館のところにあったものだそうですが、ここに移転されたそうです。
「稲荷神社」
「秋田神社・愛宕神社」
火の神として有名な2社です。昔、村で火事が起きたとき、境内にも火の手は迫ったが愛宕神社の石段の前まで来たときに火が消えたといいます。それ以来、愛宕神社は火の神様になったと言われています。10月15日の秋祭の前日の深夜の宵宮祭の後に、諸役が猿田彦榊・木鉾・御幣・松明を持つて、「おむかいや」「だいじょうや」と唱和しつつ社殿を三巡して神の御霊をお迎えする特殊神事である、「お宮めぐり」は、往古神霊奉迎の礼に倣つた一千有余年の伝統行事である。
この他にも、稲荷神社(二社目)、白太夫神社、八幡宮、老松神社、紅梅神社、金毘羅神社、八坂神社、西宮神社、白山姫神社、塞神社の各社が祀られています。

 

 

 


 

【生身天満宮DATA】
住所:園部町美園町1-67
電話:0771-62-0535
アクセス:国道9号線美園町交差点を南へ、Aコープ、マツモト間の道をすすむ
URL : http://www.ikimi.jp/

参考文献:園部町教育委員会『園部の歴史〜郷土の資料〜』

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