摩気神社(まけじんじゃ)

白河天皇も行幸されたという由緒ある大社
胎金寺山のふもとの園部川の小支流の扇状地上に鎮座する、白河天皇も行幸されたという由緒ある大社。弥徳天皇によって神護景雲4年(770年)に創設されたと伝えられる古社です。祭神は「おおみけつひこのかみ」であり、別名「あまのおしくもねのみこと」とも言うそうです。父である「あまのおしくもねのみこと」に「皇孫のみけの水には天津水をささげ」と言われ、歴代の天皇の即位の大嘗祭には天津水をささげるようになったといいます。「まけ」は本来「みけ」のことで、「みけ」とは神にささげる食物の意味だそうです。園部藩主小出吉親が園部に移封になってから、摩気神社を守護神として崇敬し、殿舎の修復や山門の建造に力を注ぎました。石の大鳥居は、二代藩主小出英知が木の鳥居を石の鳥居に再建したもので、左右の柱には、藩主小出英知の碑文が刻まれています。神社一帯は京都府の指定文化財です。

神社の手前300mにある園部川にかかかる摩気橋は、木造の橋(下の写真下段中央)で、時代劇のロケの際には重宝されているようです。というのも、この神社の周辺一帯には茅葺や木造瓦屋根の庄屋屋敷などが現存しており、時代劇のロケで有名な場所でもあります。「水戸黄門」「鬼平犯科帳」「続・三匹が斬る!」などなど、ここで撮られた有名な作品は多いといいます。摩気橋の詰にある道路標識は、穴に差し込んであるだけで(下の写真下段右)、ロケの際に取り外せるように工夫してあります。これにはビックリしました。橋から神社までの参道はこんな感じです。(下の写真下段左)

 

大鳥居をくぐると、かなり立派な山門、そして重厚な本殿が眼前に迫ってきます。(下の写真左・中央)本殿は三つの建物(本殿・末社二棟)が並び、それぞれ桧皮葺で、その上にまた桧皮葺の覆屋根が被せてあるという凝った造りになっています。(下の写真右)老杉に囲まれた境内は清澄そのものです。本殿後方にはスギの木々が立ち並び、その後方には宮田が展開し、そしてクロマツ主体の宮山である「胎金寺山」に続いています。胎金寺山には園部町指定天然記念物に指定されている「天狗杉」と呼ばれる杉の巨木(高さ約40m、推定年齢500年)が2本あり、それぞれ「山口の天狗杉」「奥の天狗杉」と呼ばれています。

 

 

 

 

 

本殿の右手の山裾に石垣だけがのこされた場所がありました。(下の写真中央)さっそく興味が湧いた私は、神社の方にお尋ねしてみました。前はここに「観音堂」があったそうです。しかし、日も当たらない木に覆われたところなので、腐ってしまって崩れかけていたので、現在は新しい観音堂を別の場所に立てたのだそうです。(下の写真右)

 

 

 

 

 

 

 

 

【摩気神社DATA】
住所:園部町竹井宮ノ谷3
電話:0771-62-1169
アクセス:園部市街地から府道54号線を篠山方面へ、左手の庄屋屋敷と、まさかつ屋が目印

参考文献:園部町教育委員会『園部の歴史〜郷土の資料〜』

 

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