宝筐院(ほうきょういん)

 平安時代に白河天皇(1053〜1129) により建てられ、善入寺となづけられた。南北朝時代になり夢窓国師の高弟の黙庵周諭禅師が入寺し、衰退していた寺を復興して中興開山となり、この善入寺にあって門弟の教化を盛んにし、これ以後は臨済宗の寺となった。
 室町幕府の二第将軍足利義詮は、黙庵に帰依し、師のために善入寺の伽藍整備に力を入れた。東から西へ総門・山門・仏殿が一列に建ち、山門・仏殿間の通路を挟んで北に庫裏、南に善堂が建ち、仏殿の北に方丈、南に寮舎が建っていた。寺の位置は『応永均命図』(室町時代前期の嵯峨地域寺院配置図)によると現在地と変わらない。
 貞治6年(1367)、義詮が没する(38歳)と、善入寺はその菩提寺となり、八大将軍義政の代になって義詮の院号の宝筐院に因み寺名は宝筐院と改められた。備中・周防などに寺領があり、足利幕府歴代の保護もあって寺も興隆であったが、応仁の乱以後は経済的に困窮した寺は次第に衰微した。
 江戸時代には天竜寺末寺の小院で、伽藍も客殿と庫裏の二棟のみとなり、幕末には廃寺となったが、50年を経て復興された。(パンフレットより)



【宝筐院DATA】
 拝観時間:9:00〜17:00
 見ごろ:11月中旬〜12月上旬
 拝観料金:400円
 Web:http://www.houkyouin.jp/

トップページへもどる

About me | Contact me |
Copyright(c) 2000-2006 morimoch. ALL Right Reseved.