園部公園・女性の館・園部高校裏門周辺 |
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園部公園と女性の館を結ぶ橋(上の写真左)は近年できたものですが、その下の窪地が、園部城の内堀(下の写真左)の跡だと考えられます。そして、現在、橋のある付近に、かつて「そろばん橋」という小向山に行くための橋があり、さらにその外側にあった中堀(現BG体育館)のところには「真弓橋」がありました。(下の写真右)内堀の遺構は園部公園から、園部高校の裏門まで確認することができます。園部高校の敷地が一段高くなっているのが分かります。(上の写真右) ※白黒写真:園部文化博物館平成11年度秋季特別展『園部藩と城』より
園部公園の小向山健康学園からの入り口附近には、「三崇社の碑」があります。吉親公が亡くなって185年後の、嘉永6年(1853年)、小出秀政の250回忌にあたるこの年に、園部城の一角に吉親と彼の祖父、秀政、父、吉政を祀る祠が建てられました。祠は「三崇社」と呼ばれ、秀政は“本光(もとてる)大明神”、吉政は“雲龍(くもた)大明神”、吉親は“福源(よしもと)大明神”という神となって祀られました。現在、建物は残っていませんが、最後の藩主英尚によって建てられた石碑(下の写真)が残されており、また、三崇社の前に立てられていたという灯篭が小向山山頂に移されています。
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