ちょうど天満宮側の水田地帯が城外、住宅の立ち並んでいる高台の方が城内であり、その境目を縫うように走る道の脇には大きめの溝があり、これが外堀の跡だといわれています。この道は、不開門を通り、かつて町奉行所があったところまで続きます。かつては石垣がそびえ、屋敷郡が立ち並んでいたでしょう。昔も今も変わらぬ地形から、かつての風景が想像できそうです。